FC2ブログ

【見学】北の誉酒造・酒泉館(北海道・小樽) - 酒造史のわかりやすい展示。杜氏のルーツは女性(刀自)だった!?

田中酒造の亀甲蔵に続き、北の誉酒造の酒泉館を見学しました。
こじんまりした施設ですが、日本の酒造の歴史に関するパネル展示がとてもわかりやすかったです。

《追記》
北の誉酒造は創業以来、小樽市で醸造を行っていましたが、2015年に醸造工場が廃止され、グループ会社の合同酒精旭川工場に一本化されています。

日時:2015年4月22日(水) 12:00頃~
場所:北の誉酒造酒泉館(北海道小樽市奥沢1-21-15)
内容:自由見学(ガイド無し)
料金:無料

★アクセス
150422c_南小樽駅
最寄り駅はJR函館本線の南小樽駅。駅から目的地までは約1.0kmです。
150422北の誉酒造酒泉館 (1)遠景
この日は、線路を挟んで反対側にある田中酒造亀甲蔵から約1.1kmの道のりを歩いて訪れました。

★北の誉酒造について
150422北の誉酒造酒泉館 (15)外観
創業は1901年で、2007年に合同酒精を母体とするオエノンホールディングスの傘下に入っています。
主要銘柄は「北の誉」。仕込み水としている小樽の「雪清水[ゆきしみず]」は、冬の降雪が地下水となったもので、年間を通して水温が低く、酒造に適した成分を含んでいます。その昔、船乗りたちが「水は東の小樽」と讃えたほどの名水だそうです。
杜氏は岩手県の南部杜氏がつとめているそうです。

追記(展示パネルより):平安時代の書物『延喜式[えんぎしき]』(後述)によると、宮中の酒造司(注:他所では”造酒司[みきのつかさ]”)における酒造り役はトネリメすなわち“刀自[とうじ]”と呼ばれる女性たちだったそうです。辞書によると、刀自は“老母または婦人。家事一般を仕切る主婦”を意味し、杜氏という呼び名は刀自に由来するそうです。

★酒泉館
150422北の誉酒造酒泉館 (2)外観
工場の敷地内に、酒造りの歴史や昔の酒造道具などを展示している酒ミュージアム”酒泉館”があります。工場見学もできますが、この日は予約が取れませんでした...

★日本の酒造りの歴史
パネルの説明がとてもわかりやすかったです。以下はその要約です。

◆パネル1(起源、口嚼酒、奈良時代)
150422北の誉酒造酒泉館 (3)パネル1
【日本の酒のはじまり】
日本で米を原料とする酒造りが始まった時期は不明ですが、稲作の伝来とともに大陸から酒造りの手法も伝えられたと考えられています(弥生時代の頃。今から2千数百年前)。
3世紀に中国で編纂された『魏志』倭人伝には、「人性酒を嗜む」、「歌舞飲酒す」などと記されており、当時の日本にすでに飲酒の習慣があったことがうかがえます。これが、日本の酒についてのはじめての記述と考えられています。

【卑弥呼も飲んだ口嚼酒[くちかみのさけ]】
初めの酒造りは、『古事記』に記載がある「口嚼酒」か、八岐大蛇が飲んだ「八塩折の酒[やしおりのさけ]」とされています。
「口嚼酒」は、炊いた米を口でかんで壺などにためて造った酒です(唾液中の糖化酵素がデンプンをブドウ糖にかえ、空気中の酵母が侵入してアルコール発酵を起こします)。
「八塩折の酒」は、仕込み(熟成したもろみをいったん濾過して、さらにその酒に米麹と粥を仕込んで発酵させること)を何度も繰り返して造られた“濃い酒”のことです。

【麹による酒造法が普及した奈良時代】
奈良時代には“麹の利用による酒造り”が唐から伝えられましたが、日本では米麹による方法に改良して独自の酒造りが始められました。また、朝廷のための酒造りを行う「酒造司」という役所が設けられ、酒造の技術が一段と進みました。

◆パネル2(延喜式、酒神)
150422北の誉酒造酒泉館 (4)パネル2
【昔の酒造法を記録した『延喜式』】
平安時代に記された『延喜式』には、“米”、“麹”、“水”で酒を仕込む方法や、さらに十種類ほどの酒造方法、原料の仕込み配合、酒造道具等の記載があります。また、“酒は神の物”で宗教儀礼につながるものであり、宮中の人たちが楽しむためだけのものではないことが記されています。
『延喜式』:醍醐天皇の時代(延喜5年(905年))から22年かけてまとめあげられた書物。当時の宮廷や役所で行われていた行事、慣習の事務規定で、律令制の百科事典のようなもの。

【酒造りの神々】
酒の原料となる穀物はその地の主食であり、農耕によってもたらされるため、酒は“農耕の神々と深いかかわり”を持っています。食べ物は天(神)からの授かりものなので、年の始めには豊穣を祈り、秋には収穫物を酒とともに奉納する祭事が行われました。酒造技術が発達した現代でも、酒蔵には酒神が奉られています。
パネルには、『古事記』より引用した“酒神の系譜”が記されていました。

◆パネル3(杉玉、寺院での酒造、戦国時代)
【杉玉って知っています?】
杉玉は、30~60㎝の長さの杉の葉を束ねてほうき状や球状にしたもので、戸口に立てかけたり軒先に吊り下げたりします。江戸時代の末頃までは一般にも見られた風習だったそうです(酒蔵だけではなかったんだ…)。奈良の大神神社の御神木である三輪山の杉の葉でつくられた杉玉は“酒林”とも呼ばれ、造り酒屋のシンボルでした。

【寺院での酒造り】
武士が権力を手にした鎌倉・室町時代は、質素や礼節を旨とする気風は守られながらも都市化が進み、商業が発達しました。酒の流通が盛んになり、朝廷の組織による酒造にかわって、寺院や神社が酒を造るようになり、京都を中心に酒造が盛んになりました。中世末期から戦国時代にかけて醸造・販売された「僧坊酒」は、もともとは神々に奉納する酒を醸したことから始まります。中世の寺院は荘園からの貢納米、寺院内の湧き水や井戸、広大な僧坊があったことから、酒造りの条件が整っていました。そして美味しい酒との評判がたち、酒造量も増えていったそうです。

【現在の清酒造りの原型は戦国時代に】
14世紀中頃から15世紀後期の酒造方法が記されている『御酒之日記[ごしゅのにっき]』には、今でいう「段仕込み(麹と蒸米と水を2回に分けて加える方法)」や、乳酸発酵の応用、木灰の使用などについての記載があります。
また15世紀後期から17世紀前期に書き継がれた『多聞院日記[たもんいんにっき]』には、奈良で“十石入りの酒桶”が使われたことや、はじめて“火入れ(殺菌)”を行ったこと、“諸白[もろはく]”仕込み(蒸米も麹も白米だけを使用)が行われたことが記されています。この時代は清酒が飛躍的に美味しくなり、現在の清酒の原型が完成されました。また、酒造りは寺院から地方酒屋へと移っていきました。

◆パネル4(杉桶、江戸時代、下り酒)
150422北の誉酒造酒泉館 (6)パネル4
【酒造りの桶は杉】
酒造りに桶や樽を使うようになったのは16世紀になってからで、それまでは陶器の壺などが使われていました。大桶を作る工具(大ノコや鉋[かんな]など)が伝来したのは15世紀です。ほとんどの酒造用の桶類に杉材が使われていた理由は、杉が国内のいたるところにあり、柾目[まさめ]で工作しやすく、香りも良かったためです。

【お酒が生活に溶け込んだ江戸時代】
徳川幕府が全国統一を果たし、世の中が安定した江戸時代には経済・文化が次第に発展していきました。江戸初期までの酒造りは“年に5回”仕込まれていました(新酒、間酒、寒前酒、寒酒、春酒)が、次第に冬場の“寒づくり”が重要視されるようになりました(低温・長期発酵に適しており、優れた酒造技術者も確保しやすかったため)。また、保存性を高めるための火入れ法や、香りをととのえ酸化や腐敗を防ぐための技術が開発されました。

【江戸の下り酒】
江戸の街には、上方の大阪を中心とした関西から色々な品物が入ってきました。当時は伊丹や池田の酒の評判が高く、上方から運ばれるものは「江戸の下り酒」と呼ばれました。一方で、江戸に下らない酒は価値がなくつまらないものであったことから、「くだらない」という言葉が生まれました。

◆パネル5(近代、酒造地の拡大)
【近代清酒のあゆみ】
明治時代には国立の醸造試験所が開設され、酒造の化学理論が広められました。それまで“生酛造り”だけであった酒母造りが、明治40年代には“山廃酛”や“速醸酛”が開発され、作業が省力化されました。昭和に入ると、温度や微生物の管理がしやすい"ホーロータンク”が登場し、酵母の採取・分離・純粋培養といった技術の革新がなされました。酒造の近代化・効率化に必要な計器機器類は昭和10年ごろまでにほぼ出揃ったと言われています。

【北へ向かう銘醸地】
酒が一般庶民の楽しみとなった江戸時代に酒造地として栄えた京都・伊丹・灘などは、周りに米の生産地と良質な水があり、消費地が近くにあるか船による積出しができる地域でした。後に、酒造技術や輸送の便が向上するにつれて、酒造地は米どころの東北地方や北陸地方、良質な水がある北海道など、日本各地に広がりました。


★昔の酒造道具
館内には、昔の酒造道具も展示されていました。

150422北の誉酒造酒泉館 (10)麹蓋
<麹蓋>杉の木で作られた麹蓋。床もみ・切り返しの後、盛り枡で麹の量を計り麹蓋に入れます。昭和30年代まで使われており、現代も一部でほぼ同じものが使われています。

150422北の誉酒造酒泉館 (11)ぶんじ
<ぶんじ>麹室の床に積み上がった蒸米を切り崩して種もやしを散布するときや、切り返し作業の際に固まった蒸米の山を崩すときなどに使われていました。

150422北の誉酒造酒泉館 (14)試桶、かきよせ
<かきよせ>麹室および出麹で使用。麹枡に”かき桶”で入れる麹を寄せ集めるときや、麹米を麹蓋に分け入れるとき、盛り枡の手許に寄せるときに使われていました。
<試桶[ためおけ]>水・湯・浸漬米・蒸米・酛・醪・清酒等を入れ、握り手をつかんで持ったり、肩の上に乗せて片手で底を支えたりして運びました。昭和30年代まで使われていました。

150422北の誉酒造酒泉館 (12)かき桶、汲杓など
<汲杓[くみしゃく]>木桶の汲み出しのときや、上槽の際にもろみを酒袋に入れるときなどに使用。昭和20年代まで使われていました。
<かき桶>麹枡に入れるときに集めた麹をすくい取る際に使用。昭和30年代まで使われていました。
<汲みだめ>醪を大桶に移す時や、酛を汲み出すときに使用。
<かすり>桶洗い・醪出しの際、桶に残った少量の水で醪をすくい取るのに使用。昭和10年代まで使われていました。


150422北の誉酒造酒泉館 (9)暖樽
<暖樽[だきだる]>酒母の温度を調節する為に、中に熱湯を入れて使用。昭和30年代頃までは杉の木で造られたものが使われ、現在はステンレス製のものが使用されています。


この後は、札幌市内に向かい、”千歳鶴 酒ミュージアム”と”サッポロビール博物館”を見学しました。


[Link]Indexページに戻る
[Link]Nomura Seijiの公式HP
[Link]ご意見・お問い合わせはこちらから
スポンサーサイト



テーマ : 日本酒の酒蔵見学
ジャンル : グルメ

【見学】田中酒造亀甲蔵(北海道・小樽) - 北海道産米100%で造る「宝川」の蔵元

北海道の地酒づくりにこだわる田中酒造の亀甲蔵を見学しました。

日時:2015年4月22日(水) 10:45頃~
場所:田中酒造・亀甲蔵(北海道小樽市信香町2−2)
内容:自由見学、試飲(ガイド無し)
料金:無料

★アクセス
150422c_南小樽駅
最寄り駅はJR函館本線の南小樽駅。駅から目的地までは約600mです。
この日は、小樽運河近くのホテルから徒歩で向かいました。
150422_ルタオ本店
亀甲蔵から850mのところにはドゥーヴブルフロマージュ(チーズケーキ)で有名なルタオ本店があります。

★田中酒造について
150422田中酒造 _外観
田中酒造は明治32年(1899年)に、初代・田中市太郎が創業しました。現当主は4代目。代表銘柄は「寶川(宝川)[たからがわ]」です。亀甲蔵は明治38年頃(1905年頃)に建てられた石倉倉庫群で、昭和2年(1927年)築の木造2階建ての本店店舗とあわせて、小樽の歴史的建造物に指定されています。
150422田中酒造 (35)入口付近
端午の節句が近かったので、蔵内には鯉のぼりが飾られていました。

★製造場の見学
蔵内では、主に2階の廊下から製造場を見学することができます。
ガイドはありませんが、パンフレットに製造工程と見どころがわかりやすく記載されていました。

①精米:
150422田中酒造 ①精米_とうみ
通常の食用米は表面を10%ほど削りますが、酒造りの米は30-60%も削ります。田中酒造では精米機を保有しており、自社で原料処理をしています。写真は穀物からもみ殻やごみを取り除く昔の農具(唐箕[とうみ])です。

②洗米:
150422田中酒造 ②洗米装置
精米した米を水で洗い、適度に水を吸わせます。

③蒸米:
150422田中酒造 ③蒸米_甑 (1)
蒸した米は、麹・酒母・醪に使います。写真は米を蒸す機械の甑[こしき]がある見学箇所です。
150422田中酒造 ③蒸米_甑 (2)
甑の上部のカバー(?)。

④麹:
150422田中酒造④麹 (1)麹室
麹菌の酵素により、米のデンプンを糖分に分解します。高温多湿の麹室[こうじむろ]で、丸2日かけて麹が造られます。微生物がつくるガスが充満するため、入口のドアには「酸欠注意」の注意書きが貼られています。

<麹のサンプル>
150422田中酒造④麹 (2)サンプル
150422田中酒造④麹 (3)サンプル
・盛り(約20-24時間後):米の固まりをほぐして箱に盛り分けます。
・仲仕事(約28-32時間後):蒸米を混ぜ合わせて広げ、掛布をかけます。
・出麹(約44-48時間後):麹を室の外に出して冷却します。

⓹酒母:
150422田中酒造⓹酒母
約10日間かけて酵母を培養し酒母を造ります。写真は純米吟醸「びほろ」の4日目の酒母。「びほろ」は美幌町の依頼により田中酒造が美幌町産米の”ななつぼし”を使用して醸すお酒です。酵母は”きょうかい901号”です。

⑥醪
150422田中酒造⑥仕込み
酒母に麹・蒸米・水を3回に分けて仕込みます(三段仕込み)。醪は10℃前後で、約30日間かけて、ゆっくり発酵させます。

⑦上槽
150422田中酒造 ⑦上槽_圧搾機 (1)
150422田中酒造 ⑦上槽_圧搾機 (2)
発酵が終わった醪を圧搾機でしぼり、酒と酒粕に分けます。

⑧貯蔵、⑨ビン詰め、⑩出荷
150422田中酒造 ⑧貯蔵タンク
しぼった酒は、通常は加熱殺菌(火入れ)をした後に貯蔵タンクで熟成させます。熟成が終わると瓶詰めされ、ラベルが貼られて出荷されます。

★クイズ
150422田中酒造 (17)
蔵内にはクイズ・コーナー(?)もあり、ポイントを楽しく学べました。田中酒造では酒造りを(冬の間だけではなく)1年中行っています。

★試飲:
150422田中酒造 _試飲 (1)
150422田中酒造 _試飲 (4)大吟醸_寶川
見学の後は、1階の売店にある試飲コーナーで利き酒をさせて頂きました。

<試飲アイテム>
・「亀甲蔵」純米吟醸酒、蔵限定酒、北海道虻田郡ニセコ町産"彗星"100%、精米歩合60%、Alc.17%、日本酒度+1.0
・「宝川 しぼりたて生原酒」純米酒、北海道虻田郡ニセコ町産"彗星"100%、精米歩合60%、Alc.17%、日本酒度+1.0
・「宝川」大吟醸酒、100%北海道虻田郡ニセコ町産"彗星"100%、精米歩合50%、Alc.15%、日本酒度+5.0
・「おたる春香」純米吟醸酒、北海道産"彗星"100%、精米歩合60%、Alc.15%、日本酒度+5.0

★売店:
150422田中酒造 _かぼちゃ焼酎
売店では日本酒のほかに、北海道産の原料を使った焼酎や、菩提樹の花の天然ハチミツを使ったワイン(ミード)なども売られていました。写真は「みやこっ酎」。札幌市西部の手稲山[ていねやま]裾野の砂質土で育成した”大浜みやこカボチャ”で仕込んだ本格焼酎です。米麹は100%北海道産米使用、Alc.25%、JAさっぽろ果実部会企画、税込1,620円/720ml。

★原料
(a)酒米
田中酒造では現在、100%北海道産の酒造好適米を使用しています(”吟風[ぎんぷう]”、”彗星”など)。平成10年に北海道の酒造好適米が開発されて以来、同社では農家と協力して”北海道らしい地酒造り”を追求しているそうです。

(b)仕込水
150422田中酒造 _仕込水 (1)
亀甲蔵では地下約70mからくみ上げた小樽天狗山の伏流水を仕込み水として使用しています。
150422田中酒造 _仕込水 (2)
亀甲蔵の敷地内で、仕込水の試飲もできます。

この後は、同じく南小樽にある北の誉酒造・酒泉館を経由して札幌市へ向かいました。

[Link]Indexページに戻る
[Link]Nomura Seijiの公式HP
[Link]ご意見・お問い合わせはこちらから

テーマ : 日本酒の酒蔵見学
ジャンル : グルメ

プロフィール

Nomura Seiji

Author:Nomura Seiji
・お酒と薬膳理論の入門講座、飲酒教育
 nomuras.jimdo.com
・JSAワイン検定講師
・JSAワインエキスパート
・1971年生
・東京在住

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR